わがまち福島区

玉川小学校区

変遷
大阪府西成郡野田村大字野田(おおさかふにしなりぐんのだむらおおあざのだ)下福島村大字下福島(しもふくしまむらおおあざしもふくしま)、大阪市北区(1889)→大阪市北区(1897)→大阪市此花区(1926)→大阪市福島区(1943)
校歌

浪速の都 名にしおう 恵美須の神を しずめにて 藤波かおる 下風に 代々の恵を 仰ぎ来し われらがさとに 栄えあれ

野田藤発祥の地

この地は、「野田藤発祥の地」で、852坪に及ぶ藤屋敷がありました。
江戸時代後期には、ここを中心とした野田村のことを「藤野田村」という愛称で呼ばれていました。

戦国時代には、この辺りに野田城という(とりで)が築かれていました。

野田城石碑
玉川4丁目付近

江戸時代の野田村の集落にあたり、歴史を感じさせる、大きな旧家が残っています。

昔からの長屋の街並みを大きく分断する形で、阪神高速道路と新なにわ筋が建設され、昭和56(1981)年に開通しました。

阪神高速道路・新なにわ筋沿い
上船津橋

上船津橋(かみふなつばし)から安治川(あじがわ)方面、旧川口居留地(きゅうかわぐちきょりゅうち)を望みます。
今では倉庫街になっています。