わがまち福島区

鷺洲小学校区

変遷
大阪府西成郡鷺洲村大字浦江(おおさかふにしなりぐんさぎすむらおおあざうらえ)(1889)→西成郡鷺洲町(にしなりぐんさぎすちょう)(1911)→大阪市西淀川区(1925)→大阪市福島区(1943)
校歌

淀のながれを くみわけて 水の通い路 いとしげく 煙は高く 空をおおいて 鷺洲の里は にぎわえり

JR東海道線橋脚

東海道線の橋脚(きょうきゃく)には、昭和20(1945)年6月の空襲で米軍攻撃機による機銃掃射(きじゅうそうしゃ)弾痕(だんこん)が残っています。

浦江聖天(うらえしょうてん)」は庶民信仰(しょみんしんこう)の場として親しまれています。
山門(さんもん)は大阪府の文化財にも指定される重要なもので、松尾芭蕉(まつおばしょう)のカキツバタ句碑(くひ)も残っています。

裏江聖天
鷺洲3丁目付近

かつてのゴム工場敷地がそのまま団地に変貌(へんぼう)しています。
奥ではタワーマンションも建設中です。

この道路はかつての聖天川(しょうてんがわ)流路(りゅうろ)を利用しており、大正14(1925)年までは大阪市の境界線(きょうかいせん)となっています。

聖天川埋立地
鷺洲1丁目付近

この辺りに残る昔ながらの長屋は、防火壁「うだつ」が付いています。