古くからこの付近には藤が群生(ぐんせい)していました。明治になって植物学者・牧野藤太郎(まきのふじたろう)博士によって「ノダフジ」と命名されました。
21人討死之碑(にじゅういちにんうちじにのひ)玉川4-5-17(玉川コミュニティセンター)
明治時代の小字(こあざ)地名入り地図
大正時代の福島区
昭和 空襲直後の福島区昭和22(1947)年に作成された、戦災を受けた直後の地図です。黒く描かれているところが、空襲による消失を免れたところです。
空襲から6年(1953年頃)の復興状況地図上で黒く描かれた部分が市街地です。戦災からわずか6年でかなりの復興の様子がうかがえます。